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NHK人間ドキュメント 「ただ一撃にかける」
─ イギリスでの第十二回世界剣道選手権大会─


まんがムサシの剣を思い出したよ

 良い番組を見たとこころから思った。NHK総合テレビで7月31 日(木)深夜1時10 分から、北海道の栄花直輝選手が世界剣道選手権大会で、優勝にかけ日本代表チームの大将という重圧と、自分自身の葛藤を乗り越え、見事優勝を勝取るまでを追ったドキュメンタリー番組があった。同じようなタレントが出て、同じようなバラエティ番組ばかりのテレビ番組は正直もう飽き飽きしていたので、本物の持つ存在力の強さに改めて感心し感動した。

 テレビをご覧になった方はすでにご存知だろうが栄花選手は警察官である。彼が「正しく生きることは難しい」と話をされていた。わたしはその言葉の中に、いまの実社会と対峙ぜずにはいられない警察官としての栄花選手の苦悩があると思った。剣道を教える子どもたちへ、前へ進むことを身を持って伝えようと、躊躇していた日本代表チームの大将を受けるのだが、その姿には現状をなげくだけではなく、それぞれの場所でやれることを大人がやってその背中を子供達に見せることで、正しく生きる勇気や心を伝えようとする栄花選手の意志がこちら側に伝わってきた。


挫折から得たもの

 一流選手と呼ばれるようになるまでには、計り知れない苦労や苦難が必ず有る。栄花選手も例外ではない。京都で世界剣道選手権大会あり日本が団体優勝するが、このときに予選で栄花選手は一試合しか出場する事ができなかった。その時の心情を「日本チームが勝ったうれしい気持ち半分、そして自分が選手として認められなかった口惜しさ半分で心から喜べなかった」と語り「家族みんなで、三十分ほど泣いたと」と話をされた。そして勝負に勝ことにこだわって2年間を過ごし再びチャンスがやって来る。

 大会では前回の優勝者である宮崎選手と決勝を闘うのである。栄花選手は勝つための対策を練り試合に臨む、宮崎選手の面を誘って返し胴に出る。しかし宮崎選手は身を捨てて無心で面を放った。栄花選手は破れる。この試合に対して彼の発する言葉の端々に誠実さや人間的魅力を強く感じるのだ。彼は自分が自分がという気持ちが強く毅然とした気迫では、やはり自分の負けだなと感じたという言葉に潔さと謙虚さをみる。この試合をきっかけに栄花選手は剣道に対する考え方が変わったと言う。


韓国キム選手との大将戦

 そして7月初め、イギリス・グラスゴーでの第十二回世界剣道選手権大会がやってくる。大会12連覇を狙う日本の大将は栄花選手である。日本はこれまで世界剣道選手権大会で連覇を続けていた。しかしここ数年は韓国勢の台頭が著しく、弱いとされた精神面も禅を取入れるなど強化し日本と力量は競っていた。本大会においても日本と韓国は無敗のまま決勝戦を闘うことになる。一勝一敗二引分けで迎えた大将戦も引分け、最後は代表者戦(時間無制限)までもつれ込み、栄花選手と韓国の大将との一騎打ちとなった。舞台は揃った。

 栄花選手と韓国側は最強のキム選手である。キム選手は確かに手強い相手だ、韓国の大将で身長も体格も栄花選手より、ふたまわりは大きく迫力があった。均衡が続く10分が過ぎ、キム選手が栄花選手の竹刀を大きく叩きました。その後の構え直しの僅かな隙に、栄花選手の目のさめるような片手突きが見事に決まる。突きが入ったときには思わず拍手・・。「おおっ」と声が出た。「凄い、栄花選手!」この試合、精神面の差が勝敗に繋がった。まさに栄花選手自身が苦しみの中で会得した「身を捨てて無心で放った」片手突きであった。

 試合後の栄花選手の清清しさ。健闘を称える仲間たちの暖かい表情。涙ながらにヨーロッパの選手が栄花選手を抱き「素晴らしい試合をありがとう」と感謝する姿にもジーンと来た。人種や言葉の壁を超えて、素晴らしい試合とは深く人の心を打つものである。まさに感動を与えてもらった。そして本当に強い剣士ほど謙虚な人柄だと痛感した。「勝つことへの欲、負けることへの恐ろしさ」を捨て初めて本来の技から生まれた一撃であった。久しぶりにちゃんと生きているひとを見ることができ勇気をいただいた。そこにはさわやかな大きな感動があった。

 
■おまけ

 世界中でこれほどの多くの国が剣道をしているとは知らなかった。また各国の関係者が剣道をオリンピックの正式種目へと参加を希望していることを番組中で解説していた、そして日本側が拒否していると。はじめはずいぶん時代遅れだなと思った。柔道もオリンピックの正式種目なのだから剣道も当然だろうと思った。そしていつまでも拒否はできないだろうと思った。事実、剣道はもう日本だけのものではなくなっているように感じた。

 しかしこの番組を見て少し考えが変わった。日本の関係者が試合に「ただ勝ってもダメだ」といっていた。「勝ってなおかつ正しくなくてはならない」と、わたしは勝負は勝敗だろうと思ったが、栄花選手が見せてくれた身を捨てて無心で放った技と気迫。気迫に勝る強い精神。おぼろげではあるが、わたしにも少し理解できた気がした。「うむ〜っ、勝ことより数段難しい」と正直思う。そのたいへん難しいことを日本選手は実現させ示してきたのである。

 そう考えると勝ち負けを重要とする論理しか持ち得ない文化では、オリンピックに参加することで、きっと、いまの剣道はよそのところに行ってしまうような気がする。「剣道が武道のままであるために、これ以上の国際化は止めて欲しい」という意見に同意してしまう。それは言葉にできないものが、実は大切な場合があると思うからだ。(文:高橋栄策)

■関連ホームページ
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