SOHOタイプとNPOタイプの企業増加 平成9年8月1日
今後、10年から20年後の社会を考えたとき、はたして、日本はどのような社会になり、またどのような企業が生き残って行くのであろう?私はSOHOなどの小規模のネットワークタイプの事業形態とNPOタイプの企業や事業所が増えていく社会を想像する。その理由はそれらの事業形態を持った企業が、いま日本の社会で起っている様々な問題を解決出来るひとつの方法ではないかと考えるからである。
大資本の企業が根こそぎ利益を吸収してしまうような方法やシステム。利益をあげ拡大して行くのが企業の使命だという、法人格という人格を企業に持たせることで税制上の線引きを便宜上しているのであるが、法人はやはり生活者ではない。けっしてひとりの人間ではないのである。いわばツールまたはシステムであり人間のような人格は持ち得ないのである。そのシステムゆえに企業は多くの儲けを得るために活動を行なう。
企業とはシステムであるのに、人格を持つもののように錯角したときに悲劇が始まるのである。勤めている個人や家族が幸せを感じられない企業になって行く。規模や売上の拡大がすべての目的と目標になってしまうのである。企業といえど人間が動かしているのであり、繰り返していえばツールである。道具に人間が使われるのはナンセンスなことである。そして企業も社会を構成している一部である以上、社会を破壊するような反人道的、環境汚染など反社会な企業活動が受入れられることはない。儲かればよいというような目的意識しか持ち得ない企業は生き残って行くことはできないのである。余談ではあるが、貴社や恩社という人格を持ったような呼び方も考えてみれば、誤解を生む呼び方のような気がするのだ。いずれにしろ、もう少しスローダウンした社会を目指し、企業活動のシステム、社会性を持った業態への見直しが必要だといえる。
SOHO、NPOとも実力が必要だ!
豊かになった現在の日本。その豊かになった社会の中で、個人の生き甲斐やこころの豊かさ、文化活動などが、より強く多くの人々に求められるようになってきた。それらを中心とした「社会貢献、文化創造、社会福祉」の三つを基本指針を柱に据えた、具体的で有効な活動が社会でも必要とされて行くであろう。これらは、いままでは自治体やボランティアなどがおもに手掛ける分野と思われてきた。しかし、これからはSOHO、NPOタイプの業態を持った企業が参入してくるであろう。
米国のように社会も組織的で多彩な活動を求めるようになる。またSOHO、NPOタイプの企業が、広範囲に社会のどのような場面にも参加し、実力を持ったかたちで登場してくる。それらは大企業では対応が不可能な人々の個別で細かな要望に答えるサービスを提供してゆく。そのときまでにSOHO、NPOタイプの企業は、自分たちの力で社会の問題を解決できる力とシステム、具体的なプログラムを持つことが大切だ。
例えば、本当に弱者の自活を考えたとき保護者がいなくても、自分ひとりの力で食べていけるようにならなければ、本当の意味で支援や応援する福祉とはいえない。それらはたいへん難しい挑戦であるが、多くの人々の智恵と努力があれば実現は可能である。その自律支援の方法として考えられるのは、SOHOの小規模のネットワークタイプの事業化や、NPOタイプの企業、事業形態に、支援を必要とする人自身が参加して、他の人の支援活動を行いながら、みずからも自律を目指すという相互が支えあうという形を作り社会を変えることも可能だ。
非営利団体=NPOも儲けて自由に活動だ!
日本で大企業中心のメセナ活動がうまくいかない理由のひとつは、社会貢献という認識が企業内に薄いことが上げられる。メセナの活動費が販売促進費や宣伝費に計上されている事などをみればよく理解できるであろう。米国のように、キリスト教徒で子供の頃より福祉活動にかかわるような経験も少なく。地域とのつながりも薄れ、唯一の社会とのつながりといえは利益優先、利益追求の企業活動しか社会との接点がないとなれば、深くそれらの必要性を理解したり、企業が福祉活動に参加する意味も見えてこないであろう。
また社会側の目も厳しいものがあった。企業側の利益目的がなにかあるのではないか、裏側の違った目的があるのではないかと疑うことがあった。こうした発想が市民側に深くあったために、ボランティアやNPOも疑いの目で見られてきた。また「奉仕活動は金持ちが道楽でやるものだ」という考えが市民の中にあり、そのため本来市民がお互いを支えあう活動であることを理解されず、「貧乏人がなんでボランティアをやるのだ」という言葉もあった。また、ボランティアはただであり、施しを受けることも当然だという意識も長くあった。これら社会の理解が低かったため、市民と社会貢献との間には距離があった。
企業=営利団体は儲けが一番(=利益優先)となり、逆に非営利団体=NPOは決して儲けてはいけない(=奉仕活動、無報酬!)という構図があり。ボランティア元年といわれた阪神淡路大震災により市民のボランティアに対する意識が変わるまで、長い時間を必要としたのである。営利団体=企業に敵対する考えでは、NPO自身の行動までを狭くしてしまっていたといえる。このような考えからでは、社会の色々な問題を解決することはできない。社会が必要といする社会基盤のひとつでもある。市民活動が多くがメンバーの奉仕的精神で運営がされており。学生や主婦、リタイヤした人たちなど比較的の時間の余裕のある方々の努力と個人の持ち出しによって活動が維持されている事実をみるにつけいささか淋しい限りである。
必要とされる事業、夢の有る事業!
これからは、市民の中から要望があり、いま必要であるかどうかが評価され、多くのNPOが事業化されていくような社会になって欲しいと思う。しかも運営母体としても一般企業と対等で負けないぐらいのしっかりしたNPOへと育ってほしいものである。日本人はブランド好みで内容よりも規模や社員数、売上、利益だけで企業を評価しすぎるきらいがある。小さい会社であっても社会的に必要であり、元気のいい企業が評価される時代になってほしい。少しづつではあるが制約を受けず、小粒でも自由な立場で運営されるSOHOなどの小規模のネットワークタイプとNPOタイプの企業、事業が増えてゆく社会であってほしいと思う。